人は生まれてからその人生を終えるまでの間に、その活動により様々な権利を得て、義務を負いながら生活しています。
その人が亡くなると、権利や義務は誰かが引き継ぎます。1
このことを「相続」といいます。2
相続した権利や義務は、自動的に名義の書き換えられるわけではありません。
遺産の種類ごとに、それぞれ名義を変えるための相続手続きを行わなければなりません。
相続人は、ただでさえ忙しい日常生活のなかで、馴染みのない大量の相続手続きを行わなければならないので、大きな負担を感じる方も多いようです。
この記事では、業務歴20年以上のベテラン行政書士が、相続手続きが簡単になる便利な制度「法定相続情報証明制度」をわかりやすく解説します。
戸籍一式3の束を何度も提出する手間を省き、預貯金や不動産、株式、自動車など遺産の名義変更がスムーズに行える便利な制度です。
法定相続情報証明制度とは
法定相続情報証明制度は、平成29年5月29日から全国の法務局で運用開始された制度です。4
最初に法務局で、誰が相続人かをまとめて確認してもらい、「法定相続情報一覧図」に認証文を付した写しを交付してもらいます。
この書類を使えば、銀行・保険会社・法務局などに相続関係を証明する戸籍一式の束を出さなくて済みます。
証明書は何通でも無料で出してもらうことができるため、複数の相続手続きを同時進行で行うこともできます。
これまでのように戸籍一式のセットを大量に準備する必要もなく、原本還付5のために大量のコピーを準備する手間もなくすことができます。
【リンク:法務省HP 法定相続情報証明制度」について】
制度の概要と仕組み
申出人(被相続人の相続人)は、主に次のような書類を法務局6へ提出します。7
- ・被相続人(亡くなった方)の戸籍一式
- ・相続人全員の戸籍事項証明書
- ・相続関係を図にした法定相続情報一覧図
- ・申出書 など
法務局の登記官がこれらの書類を確認し、相続関係に誤りがないことを確認したうえで、「法定相続情報一覧図」に認証文を付した写しを交付します。

(引用:法務省HP)
この書類は法務局が「この相続関係は確認済みです」と認証した公的な証明書です。
申出時に提出した戸除籍謄本等は、原則として返却されます。
この法定相続情報一覧図の原本には法定相続情報番号が付与され、法務局において5年間保管・管理されており、何度でも無料で再交付することができます。8
費用と申出先
法定相続情報証明制度は、無料で利用できます。
法定相続情報一覧図の写しは、相続手続きに必要な範囲であれば複数通の交付を受けることができます。
保管期間中(5年間)であれば、後日再交付の申出も可能です。
申出人になることができる方は、無くなられた方の相続人またはその代理人です。
代理人には誰でもなれるわけではなく、親族のほか、弁護士、司法書士、土地家屋調査士、税理士、社会保険労務士、弁理士、海事代理士及び行政書士に限られます。9
申出は、次のいずれかを管轄する法務局で行います。
被相続人の本籍地の法務局
被相続人の最後の住所地の法務局
被相続人名義の不動産の所在地の法務局
申出人の住所地の法務局
郵送による申出も可能です。
相続手続きが「大変・面倒」と感じる理由
預貯金・株式・不動産・自動車…手続き先がバラバラで多すぎる
遺産は相続が発生した時点で、民法という法律の決まりに従って一定の親族関係にある方の共有となります。10
亡くなった方のことを「被相続人」といい、引き継ぐべき権利義務を「遺産(相続財産)」、被相続人と一定の関係にあり、遺産を引き継ぐ方を「相続人」といいます。11
相続人は遺言(注)などの特別な事情がない場合は、遺産をどのように引き継ぐか相続人同士の話し合いで決めます。(「遺産分割協議」といいます)
相続の対象となる遺産と手続先の組合せには以下のようなものがあります。
・預貯金⇒銀行、郵便局
・不動産⇒法務局
・株式、投資信託⇒証券会社、出資会社
・年金⇒年金事務所
・自動車⇒運輸支局、軽自動車検査協会
・債権⇒債権者
・債務⇒銀行、ローン会社
・税金⇒税務署(準確定申告、相続税)
など
相続人はそれら一つ一つに対して相続手続きを行わなければなりません。
相続手続きは一括して行うことができず、それぞれの遺産を管理する銀行や証券会社、法務局などに行います。
毎回「戸籍一式」の提出が必要になる
遺産を管理する銀行や証券会社などは、正しい相続人に間違いなく遺産を引き渡す必要があります。
そのため、相続関係を証明する公的な資料の提出を求めます。
公的な資料には次のようなものがあります。
・亡くなった時点の戸籍事項証明書
・被相続人の生まれたときから亡くなったときまでの戸籍一式(改製原戸籍や除籍を含む)
・全相続人の現在戸籍事項証明書など
これらの戸籍関係書類は住所地の市区町村ではなく、本籍地の市区町村に請求します。
最新の戸籍事項証明書であれば、コンビニ交付サービス等で広域取得することも可能です。12
ただし、改製原戸籍謄本や除籍謄本などコンピュータ化されていないものは本籍地の市区町村でしか取得できません。13
必ずしも直接窓口に赴く必要は無く、郵送で本籍地の市区町村の市民課や住民課などに請求することも可能です。
しかしながら、交付手数料の支払いのために郵便小為替を準備したり、郵送先を調べたり、交付申請書を作成するなど、手間と費用がかかります。
中には、引越しの度に本籍地を変更する方もいらっしゃって、戸籍一式を一通りそろえるだけで1月以上の期間が必要となる場合もあります。
このように、相続手続きは「窓口が多い」「必要書類が多い」「資料を集めるのに時間がかかる」「同じ説明を繰り返す」「手続きに期限がある」ことから、相続人に大きな負担となってきました。
こうした負担を軽減するために設けられたのが、後述する法定相続情報証明制度です。
なぜ法定相続情報証明制度が始まったのか
所有者不明不動産の増加
これまでの相続手続きでは、被相続人の戸籍一式を、出生から死亡までさかのぼってすべて収集し、それらを複数の機関に繰り返し提出する必要がありました。
相続人にとっては、名義変更のために戸籍一式の収集や遺産分割協議の実施、登記費用の負担など、相続手続き全体に相応の手間と費用が生じます。
さらに、遺産の名義変更にはこれまで明確な期間制限がなく、相続手続きを怠ったことについての罰則規定もありませんでした。
そのため、たとえば「当面利用する予定のない土地」などについては、手間のかかる相続登記をあえて急いで行う動機づけが弱くなりがちでした。
このような事情から、不動産の相続登記が行われないまま放置されてしまう事例が増加し、その結果として次のような社会問題が生じていました。
法定相続情報証明制度はこのような問題を解決するため、相続登記の促進を目的として創設された制度です。
なお、令和6年4月1日から不動産の相続登記が義務化され、相続開始から3年以内に名義変更を行わないと10万円以下の過料を科される可能性があります。14
今後は、相続登記を円滑かつ確実に進めるために、法定相続情報証明制度を積極的に活用することが、これまで以上に重要になっていきます。
法定相続情報証明制度を利用するうえでの注意点
便利な制度ですが、次のような点には注意が必要です。
書類の不備があると再提出が必要
収集すべき戸籍一式が一部欠けている、法定相続情報一覧図の記載に誤りがあるなどの場合、
法務局で認証を受けられず、訂正や書類の追加が必要になることがあります。
「相続人の範囲」や「相続人のつながり」の確認は、慎重に行う必要があります。
誰が何を相続するかの話し合い(遺産分割協議)は別途必要
法定相続情報一覧図は、あくまで「法定相続人が誰か」を証明する書類です。
- 「誰がどの遺産を相続するか」
- 「どの割合で分けるか」
といった内容(遺産分割協議書など)は、別に作成する必要があります。
なお、相続放棄をした人や、遺産分割協議の結果として最終的に遺産を取得しない人も、
「法定相続人」であれば法定相続情報一覧図には記載されます。
記載内容によっては使用できない場合がある
法定相続情報一覧図に記載される情報は下記のようなものがあります。
被相続人の氏名
最後の住所
最後の本籍
生年月日
死亡年月日
相続人の氏名
住所
生年月日
続柄
住所や続柄は省略や簡易な記載をすることもできますが、税手続き等一定の相続手続きに使用できない場合があります。
また、相続排除された相続人については法定相続情報一覧図に記載されません。
その他、被相続人の死亡後に子の認知があった場合や、被相続人の死亡時に胎児であった者が生まれた場合も記載されません。
そのため、小規模企業共済の共済金の受取りなどで使用ができない場合があります。
あらかじめ提出先に確認しましょう。
有効期限はないが「発行後○ヶ月以内」を求められることも
法定相続情報一覧図そのものに法律上の有効期限はありませんが、
「発行から3か月以内のものをご提出ください」
といった運用をしている金融機関もあるようです。
あらかじめ、提出先の金融機関等に確認しておくと安心です。
戸籍資料を添付できない場合は利用できないことがある
被相続人や相続人が日本国籍を有しないなど、戸籍資料を提出することができない場合は、本制度を利用することができません。
再交付できる方の制限
法定相続情報一覧図は法務局に5年間(申出日の翌年から起算)保管され、その間は再交付を行うことができます。
ただし、再交付ができる方は、最初の申出で「申出人」となった方に限られます。
申出人とならなかった他の相続人は、再交付を受けることができません。
また、婚姻等により申出人の氏が変わっている場合は、その内容が分かる戸籍資料が必要となります。
住所が変わっている場合には、変更の内容が分かる本人確認書類(運転免許証・住民票の写し・マイナンバーカードなど)が必要となります。
被相続人の死亡後に相続人の範囲が変わる場合がある
法定相続情報一覧図には、申出でた時点での戸籍一式で確認できない事項については記載できません。
また、相続が発生した時点で既に死亡している方は、そもそも相続人になれないため記載されません。
その他、交通事故などで同時に亡くなったと推定される場合なども、同時に死亡した者同士はお互いに相続人とならないため、法定相続情報一覧図には記載されません。15
被相続人の死亡時点に遡って相続人の範囲が変わるようなときは、当初の申出人は、再度、法定相続情報一覧図の保管の申出をすることができます。16
被相続人の死亡後に子の認知があった場合(裁判や遺言書など)
被相続人の死亡時に胎児であった者が生まれた場合
法定相続情報一覧図の写しが交付された後に廃除があった場合
また、反対に相続放棄17や相続欠格18により、相続人でなくなった者であっても、戸籍にはその記載がされないため、通常の相続人として法定相続情報一覧図に記載されます。
このような場合の遺産相続の手続には、法定相続情報一覧図と「相続放棄申述受理証明書」や「相続欠格の確定判決の謄本」等を併せて提出します。
行政書士に依頼するメリット
法定相続情報証明制度はご自身で利用することもできますが、
実際には次のような理由から、行政書士に依頼される方も多くいらっしゃいます。
戸籍一式の収集や法定相続情報一覧図作成をプロに任せられる
- 被相続人の出生から死亡までの戸籍一式を漏れなく集める
- 転籍・結婚・離婚などで複雑になった戸籍一式を読み解く
- 法定相続人の範囲を正しく整理する
といった作業には、相続・戸籍に関する知識が必要です。
行政書士に依頼すれば、これらの作業をまとめて代行してもらえます。
高齢の方や遠方にお住まいの方など、窓口に何度も足を運ぶことが難しい方にとっても心強い存在です。
今後の手続き全体の流れを見通しながら進めることができる
法定相続情報一覧図を作ったあとは、
- 遺産の目録の作成支援
- 遺産分割協議書の作成
- 自動車・預貯金・証券などの名義変更
- 他の専門家(司法書士や税理士など)との連携 など
次のステップが続きます。
行政書士に一括して相談することで、今後の手続き全体の流れを見通しながら進めることができ、
「何から手を付けたらいいか分からない」という不安も軽くなります。
お問い合わせはこちら
法定相続情報証明制度の手続きは、戸籍の収集や一覧図の作成など、途中でつまずきやすいポイントがあります。
「自分で進められるか不安」「戸籍一式をどこから集めればよいか分からない」「仕事や家事で時間が取れない」という方は、お気軽にご相談ください。
このようなご相談が多いです
- ・戸籍一式をどこから・何を集めればよいか分からない
- ・相続人が多く、戸籍のつながりが複雑で不安
- ・法定相続情報一覧図の作り方が難しい
- ・預貯金・自動車・不動産など、手続きを同時に進めたい
- ・どこまで自分で対応できて、どこから専門家に頼むべきか知りたい
初回はご状況(相続人の人数、財産の種類、戸籍の取得状況など)を簡単にお伺いし、必要な手続きの流れを分かりやすくご案内します。
※ご相談内容によっては、司法書士・税理士など他士業と連携してご案内する場合があります。
よくある質問
Q1. 交付された法定相続情報一覧図に有効期限はありますか?
A. 法律上の有効期限はありません。ただし、金融機関などによっては「発行後3か月以内のもの」といった運用をしている場合があります。実際に利用する機関の取扱いを確認してください。
Q2. 相続人全員分の戸籍一式を自分で集めるのが大変です。代行してもらえますか?
A. 行政書士に依頼することで、戸籍一式の収集や法定相続情報一覧図の作成・申出手続きまで代行してもらうことができます。遠方の本籍地が混ざっているケースや、相続人の人数が多いケースでも安心です。
Q3. この制度を利用すれば、遺産分割協議書は不要になりますか?
A. いいえ。法定相続情報一覧図は「誰が法定相続人か」を証明する書類です。「誰がどの遺産を相続するか」を決めるには、別途、遺産分割協議などが必要になります。
- 民法第896条 ↩︎
- 民法第882条 ↩︎
- このページでは、被相続人及び相続人の相続関係が記載された戸籍事項証明書、除籍証明書、改製原戸籍謄本、除籍謄本などを取りまとめて戸籍一式と表現しています。 ↩︎
- 不動産登記規則247条、不動産登記規則248条 ↩︎
- 不動産登記規則247条第6項 ↩︎
- このページでは、不動産登記法第6条に定める法務局・地方法務局・支所・出張所(登記事務を行う登記所)を総称して「法務局」と表現しています。 ↩︎
- 不動産登記規則247条第3項各号、不動産登記規則247条第4項 ↩︎
- 不動産登記規則28条の2第6項・不動産登記規則247条第7項 ↩︎
- 不動産登記規則247条の2第2項・戸籍法10条の2第3項 ↩︎
- 民法898条 ↩︎
- 民法896条 ↩︎
- 戸籍法120条の3第3項 ↩︎
- 戸籍法118条第1項 ↩︎
- 不動産登記法 第76条の2第1項、不動産登記法第164条 ↩︎
- 民法第3条第1項、民法32条の2 ↩︎
- 民法781条第2項、民法886条第1項、民法892条、民法893条 ↩︎
- 民法939条 ↩︎
- 民法891条 ↩︎










